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僕には夢なんてなかった。

先週末、土曜日曜と珍しく人に会いました。
しかも、会った人もなかなか会えなかった人ばかりで2、3年振り。下手したら4年振りくらいに会った人もいました。

こうやって久しぶりに人に会って思ったのは、やっぱり人に会うっていい!
様々な分野で活躍してる人と会うと新たな情報をもらえたり、その道の人やとアドバイスを頂けたりと本当に有意義な時間だなと思いました。
なのでこれからはもっと積極的に人に会おうと決めました。

もちろん自分は何もせずに会うだけでは全く意味がないですが、自分がやることはしっかりやってそして空いた時間でいろんな人に会って刺激を受けられたらなあと。



昨日先輩に言われて気付きました。僕には夢がないということに。
正直寂しかったですし、自分のことをダサいと思いました。
あれだけジャーナリストになりたいって言ってたのに、じゃあジャーナリストになって何がしたいのと言われるとぼんやりとしたものしかなくてこれ!って言えるものがないんです。
自分でも気付いてはいましたが、現実を直視できませんでした。
言葉だけが一人歩きしてました。
逃げていたのです。

そして考えました、僕は具体的に何がしたいのかと。
答えは出ませんでした。
ただ、
僕の核としてあるもの—


「人に生きる」


この言葉を思い出しました。
人と常に携わって生きたいのです。
自分勝手ですが人の感情という物を共有したいのです。


インドネシアで一人旅をしている時に現地のある姉妹に会いました。
凄く幸せそうな笑顔でした。
その笑顔が今でも忘れられません。
その他にも東南アジアで沢山の子どもたちの生き生きとした笑顔を見ました。
路上で手を差し出して寝ながらもお金を乞う子どもの横顔も見ました。
困窮に喘ぎ悲壮な表情を浮かべる人も沢山見ました。
方や貧しいながらも幸せそうな笑顔を浮かべる人もいました。
デモで怒り狂う表情を浮かべる人もいました。
書ききれないくらい沢山の人を見てきました。



沢山の人と会って、僕がやらなければならないと思ったこと—その使命はその表情を写真に収め、発信することです。
具体的な手段方法は見えていないですが僕の活動の根本はここにあると思っています。
しかし、最近はそれすらも見えず盲目となっていました。


まずは身近な人の表情を大切にすること。


今もこれからも僕はこれを大事にしなければならないと思います。
そろそろいい歳なのに未だにぺらっぺらな自分に悲しくなりますが、それでも今を一生懸命に生きるしか道はないと思います。今は自分がやれることをがむしゃらにやること。


こんな弱くてだめだめな僕ですが、基本的に毎日空いてますんで会って喝を入れてやってください。
何か弱い自分を曝け出すとすっきりしました。今日もおいしいお酒が飲めそうです。




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